台湾KOM 田中

田中です。
台湾KOMに参加してきたので、内容をレポートします。




・レースまで
今年は台湾KOM以外の目標は設けず、一年間このレースに向けて取り組んできました。
順調に来ていた矢先、本番2週前に高野山で雨に打たれ風邪を引き、何とか復調するも、前週の沖縄対策小浜で再び体調悪化と最後に悪い流
れが続きます。一歩間違えれば一年の頑張りを台無しにする行為で、愚かであったと反省しています。

しかし、おかげで回復期間が長くなり、足の疲労は抜けたので、結果としてはこれで良かったとも思います。(あくまで結果論で肯定は出来ません)予定していた直前十三峠TTは叶わず、最終的な仕上がりは不明ですが、この一年でFTPは320⇒335Wに向上(体重は56⇒58kgに増)し、インターバルやロング耐性等も鍛え上げました。過去最強であることは疑いようが無かったため、自信を持って台湾に旅立ちました。

・レース前日
出発は木曜日の深夜。こんな時間誰も居らんやろと思っていたら、モトハルを発見。
タイ合宿に単身で乗り込んだことに比べたら楽勝やから着いてこい的な感じやったので、モトハルに従う形で無事に出国。モトハルは今年の乗鞍女子2位になった実力者ですが、乗鞍が終わってからは脱け殻で乗れておらず、完走が不安とのこと。私も昔乗鞍を目指した者なので、その気持ちはなんとなく分かります。来年は1位になって脱け殻になるんやで!
2位は一番悔しいもんな。

台北には予定通り早朝に到着。
今回の旅でご一緒する蕎麦屋の宗さんも到着されており、モトハルや宗さんと話したり、仮眠したりして時間を潰しました。10時過ぎには続々と参加者が集まり始め、11時には全員集合。

良く知った顔ばかりで、頼もしく楽しい限り。強豪が集い気合を入れて台湾KOMに挑戦という雰囲気は皆無で、道中ずっと楽しかったです。台北から花蓮にはバスで移動。受付を済ませ、夜は宴会し、緊張感も無く21時頃就寝。


・レース当日
起床は4時、まだ寝たいと思うほど眠気が酷く、よほど熟睡していた様子。レース前はおろか日頃でも起床時に眠気を感じることはほとんど無いので、前夜に白米を過食して血糖値がはね上がった影響とかちゃうかなと、知らんけど。何とか体を起こして支度し、会場には5時半頃到着、眠気も覚めぬまま予定通り6時にレーススタート。


・コース
レースレポート前に簡単に台湾KOMのコースを紹介します。台湾KOMは海抜0mの花蓮から武嶺(3275m)の105km、獲得標高約3600mを一気にかけ上がるクレイジーなレースです。
最初の20kmほどはパレードランで、競技スタート後も序盤は平坦~緩斜面を進み、90km地点からの長い下り区間を経た後、残り10km激坂区間を上ってゴールします。着を狙う選手達にとっては激坂からがレース開始となるらしく、目標は最後の激坂区間まで残り、異次元の力を体感することだけでした。

・レース
まずはパレードラン区間。全てのカテゴリーの選手が一斉スタートするため、集団は巨大です。基本は直線ですが、所々にカーブがあったり、道幅が狭まったりなので、油断せず慎重に走ります。体は妙に火照っていて、眠気も相まってダルい状態。風邪が治ってないんかと思いつつ、足は軽いですし、走ってれば上向いていくだろうとポジティブ思考を意識。前にも書いた気がしますが、レースは気持ちが5割です。

そして橋を渡ってリアルスタート。結構速いペースで進んでいるように感じ、少し動揺しますが、逃げが決まったからかペースが落ち着きます。逃げには武田さんも乗っており、このレースで逃げるその度胸に天晴です。

緩いからと雑に走れば足を消耗するので、踏まないよう丁寧に走り、じわじわと前へ前へ進出。序盤は常に兼松さんが近くに居り、とても安心できました。そして最前付近で走っていたキャップとも合流し、以降は流石JPTのアシストという安定感に守られ、何事もなくレースを半分消化。最初に感じていたダルさや眠気、尿意もいつの間にか消え、欧州勢のアタック合戦に参加して遊ぶ余裕も出てきます。

昨年覇者のエブセン選手や2位ディボール選手等有力どころも率先して引いたり、時折上げたりしていますが、ペーサー不在のため基本は緩いままレースは進行。(このアタック合戦の中で勢いよく飛び出したのが優勝者のアントン選手、残り50kmを独走圧勝する次元の違う走りでした)

それでも2時間を過ぎる頃には集団も小さくなっており、残っている(主にアジア勢の)選手達には疲労の色が見え始めています。私にはまだ余力が残っており、アタックしたい欲を抑えながら走行。ここまで守ってくれたキャップには本当に感謝です。他の日本勢はと言えば森本さんと才田さんが余裕っぽい様子で、常に前でレースをする流石の強さでした。

そしていよいよ下り区間。このトンネルを抜けたら下り開始やと森本さんに教えてもらい、前目で入りたいとこですが、暗闇にビビってどんどん抜かれ、集団後方にて下りに突入。下り開始して間もなく右目にゴミが入り、掻くとコンタクトが落下するアクシデントがあり、右側の視界がボヤけます。この状態の下りは怖いなと思っていたら、私の前の選手が集団から中切れを起こし、集団はどんどんと遠のいていきます。お前まじか!!と叫びたくなりますが、私も下りは得意ではなく、尚且つタイヤは不慣れなコルサスピード、視界は悪い、コースも知らん、、、ということでリスクはとれず、番手で下ることを選択。

永遠のように感じる下りを終え、前方にはもう集団の姿は見えません。ここからがレーススタートと聞いており、ペースは上がっているはずで、危機的な状況。嘆いていても何も変わらないですし、出し惜しみしている場合でもないので、全開で追走を開始します。
なんとか追い着けと祈りながら走っていると、前に車の隊列が見え始め、まさかと思ったら遠くに集団が見えました!この瞬間がレース中最も嬉しかったです。

どうやら勝負所はこの先にあるようで、まだ集団は活性化していなかったらしく、命拾いしました。サポートカーを追い抜く際、スタッフの激励に元気を貰いながら、何とか集団に復帰。相当消耗しましたが、ペースが緩い事に助けられ、勝負どころ前に足と心拍の回復に努めます。

集団に残っているのは10名ほど。森本さん、才田さん、そして残りは欧州勢。欧州勢は例外なく遥か格上のため、目標があるとすればアジア勢で最高位を狙うといったところ。
正直着順云々はどうでも良くて、刺激的な走りが見るため此処に来たので、それが叶いそうな状況にワクワクします。


そして最終チェックポイントを通過し、1位と7分差と表示されています。この時初めて逃げている選手が居ることを知り、その力には笑うしかなかったです。残りの距離を考えると逃げ切り確実で、集団内の選手は皆優勝を諦めたのではないでしょうか。私は元々優勝争いとは無縁のため、特に気にもせず、引き続き集団内の走りに集中。先頭と僅かな差であればペースアップもあったのでしょうが、引き続き牽制ペースが続き、足を貯めている雰囲気を感じとります。

そろそろ勝負所かと身構えていると、九十九を右に曲がったところで壁のような激坂が出現。ここが噂の坂やなと思った矢先、満を持してエブセン選手がアタック。
全く反応できないという強度ではないですが、凄まじい威力で、足が焼けつく感触に襲われます。この動きで集団はやや崩壊気味で、森本さん、才田さんも遅れます。

そして数十秒も経たぬうちに再度のアタック(誰が上げたか見る余裕すらなく)出来ることはもう何もなく、千切れます。異次元過ぎて、清々しい気持ちになりました。

集団は崩壊し、前を行くのは3名ほど、少し遅れて3名ほど、後ろに何名か。前は一向に緩んでいない様子でどんどんと離れていき、あっという間に視界から消えました。千切れたところからゴールまで30分ほどと思いますが、2位となったディボール選手から約5分遅れたため、あのままゴールまで行ったのでしょう。生まれ変わらん限りは埋められないほどの力の差が有ります。

目的も達したし、千切れたし、ここでレース終了としたい気分でしたが、そういう訳にはいかず、レースは続きます。5名ほどの集団で暫く走行し、グルペット集団のため、決して速いペースでは無いのですが、それに着いて行くことすら辛い状況で、堪えきらず脱落。
疲れ果てたところに容赦なく激坂が続き、一旦自転車を降りて、路肩に座って休もかなと考えます。


ふっと振り返ると遅れていた森本さんが徐々に近づいてきているのが見え、ほどなくして合流。森本さんと合流できたことで、少し元気が戻りました。何時かの乗鞍を思い出す覇気のない走りで回し合いながらも、一つずつ激坂をクリアしていき、ついに最後の下り区間にたどり着きます。下る直前、森本さんがあそこがゴールやとはるか遠くの場所を指差し、再び心が折れます(笑)


そして下り切って残り1kmの激坂へ。森本さんも限界だったようで、登坂して間もなく自然と距離が開き始めます。こんな状況でアタックやスプリント勝負なんか絶対にやりたくなかったので、ほっとしました。構えていたほどの斜度でもなく、あとは落ち着いてペースで走行。ずっと霧中を走ってきましたが、ゴール手前は空が晴れ渡り、絶景に心が癒されます。残り50m、サンボルト一同の応援に励まされ、今年も終わりやなーと安堵感に包まれながらゴールしました。

・レース後
結果はエリートクラス10位。1位とは9分差、2位集団トップとは5分差、9位とは2分差。
トップ争いには生涯加われないですが、もっともっと頑張って鍛えれば、表彰争いにならば加われるかもしれないと、夢が膨らみます。来年の目標が早くも決まりました。
ずっと忘れていた競技への情熱を取り戻したので、この遠征をして良かったと心底思えています。もっと強くなって、来年またここに帰ってきます。


最後に、改めて今回の挑戦でお世話になった仲間達に感謝を伝えたいです。競技から離れた私を見捨てず、多くの仲間が支えてくれたからこそ、一年間頑張れました。直前に風邪を引き、心が折れて投げ出しそうになったときも、仲間達に励まされ、再起することが出来ました。一人では弱気でいつも駄目になってしまうので、 仲間の有り難さを噛みしめます。そういった意味でも、team KIZUNAとして参加出来たことを嬉しく思います。


Team KIZUNAと言えば、台湾KOM参加にあたって全面のサポートを頂いた橋本社長はじめSunvolt一同には感謝しかありません。台湾KOMへの挑戦を決めた時から、絶えず絆を感じる幸せな一年を過ごせました。いつもありがとうございます。

ではまた来年

コメント